おにぎり猫のものがたり 第三十二話 更新しました

母を看取ってまいりました

母の作品

長らく留守にしておりました。自宅に戻ってまいりました。
約一カ月の間、郷里におりました。
ホスピスに入院している母の病室を毎日訪問しておりました。

7月25日が母の誕生日でした。
病院のスタッフの方々に、あたたかい誕生日会を開いて頂きました。
その時すでに「あと数日でしょう」と医師から告げられていましたが
母はふと持ち直し、私に希望を持たせてくれました。
毎日病室を訪れては、母が言う「鉛筆は何処にあるのか」「あれを買って来て」等々の
要望に応えられるのが、とても嬉しい思いでした。
母はその後「あと数日」と言われては持ち直し、を数回繰り返しました。
毎日病室へ向かいながら、今日も会えるのだ、今日も話しかけることが出来るのだ、
今日も手を握って体をさすることが出来るのだと自分を奮い立たせていました。

話しかける言葉に反応が返ってくることは次第に減ってゆきました。
8月の始めごろに、何かの話の流れでスメタナの「ヴルタヴァ」(モルダウ)を口ずさんだところ、
いつもと違う反応だったので、翌日にオーケストラの音源を聴いてもらいました。
とても気持ちよさそうに聴き入り、私を見て眉をあげて「いいねぇ」という顔をしました。
「音楽を持ってきたら、聴く?」と尋ねたら、しっかりとうなずいてくれました。
翌日から、病院のプレーヤーをお借りして加藤訓子さん演奏のバッハのCDを病室でかけさせて貰いました。
それから約二週間、マリンバの音楽をふたりで聴きながら、私は母に色々な話をしました。
一緒に旅をしたこと、楽しかったこと、謝らなければならないこと等々。
ただ呼吸をし続ける母に、ひたすら話をし続けました。

ある時、強い呼吸が、風のような音に変わりました。
医師から聞いていた旅立ちの呼吸だと気づいて、ナースセンターへ走りました。
私と医師とスタッフの方々とに囲まれて、母は最期の呼吸を終えました。
医師からは「良い終いかたでした」「なかなかいない方でした」とお褒めの言葉を頂きました。
私は最期まで凄い人でした。

冒頭の絵は、母が病室で描いた水彩画です。
入院して一カ月半ほどは、やる気満々でした。
病気で入院していても、この場所で出来る事をやると言って、
画材や日用品などを病室に送るようにと、私に次々と指示が飛んできました。
私は母が必要だというものを集めて箱詰めして送るのが、とても嬉しい時間でした。
母は病が原因で上体を長く起こしている事が出来ず、数分間が限度の状態でした。
痛みにたえながら、ベッドの上で描いたのであろう作品です。
諸々の理由で葬儀は行わず、後日に母の作品展を開いて、ご縁のあった方々に観て頂く事にしました。
母の病室とカプセルホテルを往復しながら、ホテルのカフェで母のHPを制作しました。
https://art-ikue.net/
これから徐々に載せる作品を増やしてゆきます。

当初はホテルではなく、母が暮らしていた団地に泊っていました。
市街地からは遠く、電車で通う毎日でした。
私にとっては、日常を普通に暮らす事がとても難しい場所でした。
母と同居していた姉の荒い言葉に傷つき、環境の苦しさが負担になり、
心身ともにボロボロになって、市内のカプセルホテルに移動しました。
病院からの急な呼び出しに応えられるようにとの気持ちもありました。
去ってゆく愛しい命と向き合う時間を過ごした後に、
私の事を誰も知らないホテルのカフェで食事をしながらPCで作業をするのは、心身に効きました。
次第に自分を取り戻し、その後の大仕事を乗り越えることが出来ました。
「おにぎり猫のものがたり」第十話のお客さまは、この時の私でした。
「おにぎり猫のものがたり」第二十八話も、このカフェで少しずつ作業をすすめました。
来週にはアップ出来るように心づもりをしております。

まだ、ほんとうのこととは思われません。
母がいないのだと納得しきれていない私がいます。
最期の息に立ち会ったのに、骨上げもしたのに。
「形」としての母にはもう会えないけれども、
「気配」としての母は、以前よりずっと近くにいてくれる気がしています。
この後も、しなければならない考えなければならない色々な事があります。
母が残した作品をどうするのか。片づけをどうするのか、などなど。
いずれは私の住まいが変わる事にもなるだろうと思います。
以前のように毎日イラストや言葉を描き続けることは、難しくなってしまいました。
「おにぎり猫のものがたり」はペースを落としつつでも、描いてまいります。
今後ともお付き合い頂けましたら、嬉しいです。

もろもろの理由で、コメント欄を閉じております。
noteにも投稿を致しますが、そちらへのコメントも差し控えて頂きますよう
お願い申し上げます。
お気持ちだけ受け取らせて頂きます。ありがとうございます。

 

 

母の絶筆「ゴッホのひまわり」

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