その動物に出会ったのは、森の中でした。
ブナの幹の影から頭だけ出してこちらを見ていました。
鹿に似た顔で、大きさも同じくらい。
穏やかそうな性質に見えたので、そっと近づいてみました。
逃げられてしまうかな、と思いましたが
向こうの方が冷静で、静かに私が近づくのを待っているようでした。
そばに寄ってみると、美しい青い瞳がこちらを見返してきました。
目の数は四つ。頭がふたつありました。
二体いるのだろうかと、よくよく見てみましたところ
胴体はひとつ。そこに頭がふたつついていました。
両頭の動物、などというものはお話の中にしか存在しない筈なのに
不思議と驚く気持ちは沸いて来ず、その美しい体にただ見とれていました。
どうやら足に異常があるようで、わたしにそれを手伝って欲しいと
そういう事のようでした。
ほっそりとした、けれど強靭な足をそっと持ち上げてみると
ヒヅメにお菓子の袋のようなものが挟まってとれなくなっているようでした。
最近はこのあたりにも色々な人が来るようになったので、その落し物なのでしょう。
痛めないように用心深く取り除いてやると、ようやく安心してくれたのか
鼻をわたしの手のひらに押しつけてきました。
暖かい、美しいものが心の奥に流れ込んできて洗われるような心地になり
わたしは思わず涙を流しました。
ひとしきり鼻を押しつけてくれてから
その動物は静かに森の奥へと去ってゆきました。
ずっと昔の話です。
その後、一度も出会えていません。
元気でいてくれれば良いと思います。
本日は2016年4月1日です。
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